2013年9月21日土曜日

エネルギーブロックという汚れを通してのぞいている

講演会DVD『 幸せテクニック講座3 』で、津留さんが、
 「エネルギーブロックという汚れを通してのぞいている」
という表現を使ってました。

 「あぁ、たんぽぽさんと同じ説明をしていたんだぁ」
と、思いました。

そこでの、津留さんの説明は、こういうものでした。

 “現実”には、「あるがままの現実」と「観念的現実」の二つがあり、
 それらが重なり合ってる状態です。
 「観念的現実」というのは、空想によって描き出した現実、つまり幻影で、
 ミニ自我・エネルギーブロックという汚れを通してのぞいた時に見える現実。
 だから、人の数だけある、その人独自のものです。

「人の数だけ宇宙がある」というのも、
こういうことなわけですね。

津留さんの本でお世話になっている英光舎さんが主催した、
たんぽぽの願いさん の講演会を聞きに行ったことがあります。
たんぽぽさん は、
 「思考という曇りを通して世界を見ているから、ありのままの現実が見られない」
 「思考という曇りがあるから、神の光が入ってこない・届かない」
という趣旨のことを話されていました。

そして、
 「チベット密教の『ゾクチェンの教え』が同じ説明をしている」
とおっしゃって、勧めていらっしゃいました。

それから、
ホ・オポノポノでも、同じような説明をしていますよね。
そして、例の4つのことばで、それをクリアしていく...

そういえば、オポノポノのことを最初に知ったのも、
たんぽぽさんのブログに書き込まれた、紹介コメントからでした。

ここでお伝えしたかったのは、まず、
津留さんはあまりこういう説明の仕方をしていなかったので、
ご紹介しました。
この説明が、しっくり来られる方もいらっしゃると思います。
どうぞ、ご参考になさってください。

それから、メッセンジャーの役割として、何度か言ってきましたが、
一つの理解に対しても、同じ理解に対しても、
説明の仕方は、いろいろあるのですね。

おなじ理解をしていても、
メッセンジャーによって、説明の仕方が違っていてたり、
おなじメッセンジャーでも、
状況によって、異なる説明をしたりしているんですね。

津留さんのDVDを観ていて、そんなことを感じましたので、
シェアさせていただきました。